第23回 七 夕

風にそよぐ音が聞こえてきそうな斑入りの小笹  撮影 三和正明

風にそよぐ音が聞こえてきそうな斑入りの小笹  撮影 三和正明

 今日から7月1日。あっというまに1年の半分が終わり、今日からは今年の後半入りと言うことになります。早くも過ぎ去ってしまった今年の前半を一体自分はどう生きてきたのか。そう自問して、心に軽い悔悟のうずきを感じつつも、間もなく梅雨が明け、開放的な気分に浸れるのをいいことに、結局は後半もまた無為に過ごしてしまうであろう私。今日は、そんな怠惰な自分に気づかされる日でもあります。

 そんな7月ですが、やはり7月のメッセージと言えば、七夕ではないでしょうか。その情景を歌った有名な唱歌「たなばたさま」は、余りにも人口に膾炙していますが、改めてその歌詞の構成や言葉遣いについて考えてみると、その見事な出来栄えに新鮮な驚きを禁じ得ません【注】。

【注】「笹の葉さらさら」で始まるこの唱歌の歌詞を掲載したかったのですが、転載可とするデータが見当たらず、本稿では当該歌詞の掲載は控えさせていただくことといたしました。オリジナルの歌詞を必要とされる方は、「たなばたさま 歌詞」で検索の上、ご確認下さい。

 先ず、2つの擬態語の魔力です。「さらさら」と「キラキラ」という二つの表現が、この歌全体に流れと輝きを与え、初めて聞いた者の心をとらえて離しません。この2つの擬態語のおかげで、耳にも目にも感じることのできる大自然への深い愛着が湧きあがってくるから不思議です。

 次に注目すべきは、1番の歌詞に凝縮されている日本語の音(おん)の使い方の見事さではないでしょうか。まず冒頭、「笹の葉」に「さらさら」と続けて、「サ」行の澄んだ音を重層的に展開することで、爽やかで清楚な感覚を聞き手に伝えます。2節目では、お星様の輝く様子を示す「きらきら」のあとに「金銀砂子」と続けることで、「カ」行の「き」という音が放つ「クッキリ感」、「シャープさ」を聞き手に伝え、大宇宙の神々しさ、高貴さ、高潔さをアピールしてきます。日本語の響きの素晴らしさを最大限に謳いあげた傑作と言えるのではないでしょうか。

 そして3つ目に感服するのは、1番の歌詞と2番の歌詞とで、歌い込まれる世界観がガラリと変わるその対比の鮮やかさです。1番の歌詞で歌われる世界は、人間の存在などを全く埒外にしている大自然の営みの壮大さが歌いあげられているのに対して、2番の歌詞では、人間の素晴らしさと大自然とのかかわりをテーマにすることでこの地球や宇宙に生きているロマンを歌いあげている、という対比の絶妙さには心底感動させられます。

 すなわち、1番の歌詞で歌われる世界は、人の存在などに拘泥しない大自然の営みの壮大さ、大自然の音と光が織り成す一大スペクタクルがテーマとなっています。風が笹の葉を揺らすことで、さらさらと軽やかで心地良い音を地上に立てさせる。夜空には何万光年ものかなたから地球上に到達してきた悠久の光のきらめきがあちこちでまたたきを見せる。それはまるで天の川の西岸にいる牽牛星と東岸にいる織女星の、年に一度のデートの開始を告げる序曲が壮麗に奏でられるかのように、共鳴し、響き合うのです。

 一方、2番の歌詞では、人の手によって五色の短冊に書かれたその人の願いや思いが笹の小枝に吊るされます。その短冊に思いを籠めて吊るすのは誰あろうこの「私」。そう、この「私」が、今、五色の短冊に自分の手で自分の思いをしたため、その思いが叶うように心を籠めてその短冊を笹に吊るしました、という強い意思表示。その見事なまでの主体性の発露によって示される自己確立の潔さ、気持ちよさが、凛々として伝わってまいります。正に1番の歌詞の大宇宙の摂理にも決して引けをとらないほどに気高く見事なものとして。

 しかも嬉しいことに、その人間の営みを、お星さまが空から見ていて下さっています。そう、宇宙と人、大自然と生物の繋がりがそこでは命の讃歌として歌いあげられているのです。しかもそのお星様はにこやかに見ておられるのです。なんという優しさ、なんという深い慈しみ。そんな感動的で美しい大宇宙の大空間に、私たち人間は生かされているんですよ、との鮮烈なメッセージが、この唱歌には満ち溢れているのです。

 ところで、そんな七夕ですが、私たちはそれが1週間後にやってくると思いこんでいます。が、先人達が七夕祭りを楽しんできたのは、実は、旧暦の7月7日のことであって、今日から1週間後に来る7月7日のことではないのです。

 「をりふしの移りかはるこそ、ものごとにあはれなれ」で始まる徒然草の第19段。四季折々の興趣が述べられ、有名な「野分の朝こそをかしけれ」の一文もおさめられている章ですが、その「秋」の候の冒頭に「七夕祭るこそなまめかしけれ」という書き出しが出てまいります。つまり「七夕」は旧暦では秋の始まりの象徴だったようで、実際、今年の旧暦の7月7日は、現在私たちが用いている暦では8月20日に当たるとされていますから、そろそろ夏休みの宿題が気になりだす正にその時期に、昔の人々は、七夕のお祭りを楽しんでいた、ということになりそうですね。

 まあ、旧暦や新暦などにこだわらず、1週間後にやってくる現代の七夕では、あなたは一体何をお星様にお祈りなさいますか。短冊に書く前にあれこれ考えすぎるような大人になってしまった悲しい現実を暫し忘れ去り、あどけなく純粋無垢だった子供時代に立ち返って、そうあってほしいと思う夢や願いを素直に短冊にしたためてみるのも、おつなものかと思いますが、さて、皆様は、いかがなさいますか。

( 平成27年7月1日 記 )