第13回 二百十日

 

科学万能の現代でも人々の生活に根付く「暦」の 命脈  撮影 三和正明

科学万能の現代でも人々の生活に根付く「暦」の存在
撮影 三和正明

 

 今日から9月です。早いもので、このマンスリーメッセージを発刊して、今日で丸1年が経ち、通算発行号も第13回を数えるに至りました。

 幸いここまでは、その月ごとの特徴やテーマを象徴するにふさわしいタイトルを直感的に選定してまいりましたが、今月からは、前年に記述した内容やテーマとは全く別のものを毎月選び出してメッセージを作成しなければならないという点で、多少苦労が増えてまいります。

 それでも我が日本文化は、そんなことでネタが尽きるほど貧弱なものでは決してなく、むしろ選択肢は無限にあるというのが当方の持論なものですから、テーマの選定にもがき苦しみながらも、表面的には平気な顔を装って、過去のテーマとは重ならないメッセージを連載し続けていくという旅が、今回から始まっていくこととなります。

 因みに、1年前の第1回(2013年9月1日号)のタイトルは、「秋来ぬと目にはさやかに見えねども・・・」でしたが、第二ラウンドの第1回目に当たる今月号(第13回)のタイトルは「二百十日」といたしました。

 改めて申し上げるまでもありませんが、「二百十日」とは、立春から数えて210日目の日、すなわち今日9月1日のことを指し、その10日後にやってくる「二百二十日」(9月11日)と共に、稲作の大敵である台風の襲来を象徴する厄日とされてきました。

 たしかに、米を主食としてきた日本人にとって、まもなく実りの時期を迎えようとしている稲に甚大な被害をもたらす台風は、数多い自然災害の中でも、飢饉に直結するリスクを孕む脅威の筆頭格だったように思います。それだけに、田に水を張って以降、丹精込めて育てあげてきた稲穂が、この台風のもたらす激しい風雨によって強烈なダメージを受けることを、人々はどれほどに恐れ、忌み嫌ってきたことでしょう

 こうした大自然からの脅威や不安を予測し、その影響を最小限に食い止めるための知識や体験を体系化することで誕生した「暦」は、科学万能社会到来前の人類の英知を結集した素晴らしいソリューション手段だったわけですが、なかでも「二百十日」というフレーズは、米の収穫に影響を及ぼす台風到来への警戒という日本の風土的特性から生まれてきた「暦」の上での傑作概念でした。

 たしかに、今日のような精緻な天気予報技術(それでも結構外れますが・・・)もない時代に、やがて来る台風の強度も規模も雨量も予知できず、ただひたすら空の色の変化や雲の流れ、風の向きなどの経験則や言い伝えにのみ依存しながら、その到来に震え上がっていた先人たちの恐怖感と警戒心が、「二百十日」というフレーズの中に見事に凝縮されているように思えるのです。

 そして、この稲作と台風という取り合わせがあったからこそ、神仏のご加護にすがり、豊作を祈念し、秋祭りの場で心からの感謝と喜びを分かち合ってきた昔の人々の思いのたけが、時代を越えて今日の私達の心の琴線にも触れるのではないでしょうか。

 ところで、台風は昔「野分」と呼ばれていましたが、「野分」と言えば、口をついて出てくるのが「野分の朝こそをかしけれ」という古典の名文句です。

 ご承知のように、この表現は、「をりふしの移りかはるこそ、ものごとにあはれなれ」で始まる「徒然草」第19段の、秋の季節の妙味を説いた部分に登場してくるものですが、高校時代に授業でこのフレーズに接した時、その簡潔さと口ずさみやすさから心にストンと入り込み、爾来、台風と聞けばこの表現が口をついて出てくるようになりました。

 もっとも、この名文句は、清少納言の「枕草子」第200段の冒頭の一節「野分のまたの日こそ、いみじうあはれにをかしけれ」をルーツにしているはずですが、兼好法師のスパっと言い切るリズム感がなんともたまらぬ魅力に感じられたものです。

 と同時に、台風の翌日の光景に興趣を感じる貴族ならではの余裕と感性に対して、米づくりに携わる農民たちが感じてきた野分への恐れやおののきという正反対の感覚が同時に存在していることにも、複雑なものを感じました。

 ただ、そうした平安貴族文化も、また、その対極にあるように見える農民文化も、共に、日本文化を形成してきた大切なコアであって、それゆえに「二百十日」という言葉のもつ重みが一層強く感じ取れる仕組みになっているところが、日本文化のもつ「をかしさ」なのかも知れません。

 そんな日本列島ですが、このところの異常気象がもたらす各地の災害規模の大きさと残虐さには目を覆うものがあります。もし、こうした事態が、不幸にも、私達の利便性・快適性追求の結果として生じているものだとすれば、まことに由々しいことですし、ましてや、そうした便益性を実現してきた科学の力が、皮肉にも自ら招いた大規模災害になす術を知らないという現実が明らかになってきているのだとしたら、そら恐ろしいことだと言わねばなりません。

 昔の人々が「二百十日」という言葉に寄せた思いの深さを、今、改めて噛み締めている次第です。

(平成26年9月1日 記)